南房総市の千倉地区にある高家神社(たかべ)神社では、年に3回、平安時代から続く庖丁式(ほうちょうしき)が執り行われます。庖丁式は清められたまな板の上で、鍛錬を受けた庖丁人が魚介を手で触れずに捌く儀式で、圧巻の所作が観客の目を引きます。
今回は高家神社の庖丁式の歴史やしきたりをご紹介します。普段の食事に対する意識が変わるかもしれません。
目次
料理の神様を祀る高家神社
高家神社は日本で唯一の料理の神様である「磐鹿六雁命(いわかむつかりのみこと)」を主祭神として祀っています。
約1,800年前、安房乃国(現在の南房総地域)で第12代景行天皇(けいこうてんのう)に家来である磐鹿六雁命が料理をしました。天皇は料理の美味しさに大変喜び、磐鹿雁命をほめ称え、子々孫々、朝延で料理をつくる職である大膳職長(おおかしわでのおさ)に任じたそうです。
拝殿の左右にはそれぞれ庖丁塚があり、毎月17日に行われる庖丁供養祭には、料理に関わる人々が供養に訪れます。
庖丁式とは?
庖丁式は烏帽子(えぼし)や直垂(ひたたれ)をまとった庖丁人が、庖丁とまな箸を用いて一切手をふれることなく、鯉(こい)や鯛(たい)などの魚介を調理する儀式です。平安時代に起源があるとされ、宮中行事の一つとして伝えられてきました。
高家神社では、春や秋の例大祭や感謝祭で、年に3回、庖丁式が執り行われます。
- 5月17日 春の例大祭・庖丁式奉納(大漁祈願祭)
- 10月17日 秋の例大祭・庖丁式奉納(旧神嘗祭)
- 11月23日 新穀感謝祭・庖丁式奉納(旧新嘗祭)
庖丁式のルーツ
庖丁式のルーツは平安時代初期。第58代光孝天皇は和歌や和琴をはじめ諸芸に優れた文化人で、料理にも造詣が深かったと言われています。
光孝天皇が側近の「日本料理中興の祖」と言われる四條中納言藤原朝臣山蔭卿(しじょうちゅうなごんふじわらのあそんやまかげきょう)に命じ、新しい料理作法を作らせ、儀式として定めたのが庖丁式と言われています。
光孝天皇は慈悲深く、人間が生きていくために他の生き物たちを殺生しなければならないことに大変心を痛めたそう。「犠牲となった生き物を供養し、霊を鎮める儀式の形にできないか」という想いを受け、山蔭卿が苦心の末に庖丁式を完成させたと言われています。
庖丁式は時代や統治者により意味づけが異なります。例えば織田信長は庖丁式を戦の前に執り行い、捌いた魚を一同で食べて士気を高めたという逸話が残っています。
右の写真は、調味料の守り神・高部神に奉納される限定醸造醤油「高倍(たかべ)」。高家神社で購入可能
庖丁式を執り行う日本料理の流派
茶道や華道のように、日本料理にも伝統を守り続ける流派があります。
高家神社の庖丁式は、5月、10月、11月に3つの流派により執り行われています。
11月は四條流石井派ですが、流派により作法や解釈が異なります。
四條流は、山蔭卿を祖とする四條家によって代々守られてきたとされる庖丁流派のことです。
四條流石井派の祖は、江戸時代の徳川家の料理番でした。一時途絶えていた高家神社の包丁式を約50年前に再開しました。
庖丁式のしきたり
庖丁式では庖丁士が右手に式庖丁(しきぼうちょう)、左手に真魚箸(まなばし)を持ち、古式に則った所作で食材を捌いていきます。一つひとつの所作が決まっており、庖丁士が所作を覚えるのに時間も労力もかかるのだとか。日頃から練習を行い、本番を迎えます。
庖丁式の対象となる食材は「五魚三鳥」。「五魚」とは鯉(こい)・鯛(たい)・真鰹(まながつお)・鱸(すずき)・鮒(ふな)、「三鳥」とは鶴(つる※現在は禁猟)・雉(きじ)・鴨(かも)のことです。
それぞれの食材には、基本型丁切形という捌き方があります。例えば鯉は、ウロコの数から36通りもの捌き方が存在します。
江戸時代の料理書である『黒白精味集(こくびゃくせいみしゅう)』には当時の魚の格付けが書かれており、「五魚」に選ばれている魚介はすべて高級魚として扱われています。
庖丁式は約30分ほどで、途中で見得を切る動作もあり、観客の注目を集めます。まな板を「バシッ!」と叩く所作は、食材に喝を入れる意味があるのだとか。
庖丁式は清めの儀式であり、手は不浄とされているため、食材を一切手で触れません。儀式の前には白い布でまな板を清めます。
庖丁式が生まれた当時は中国との交流が盛んで、中国文化や古代中国思想の影響を受け、「礼の思想」や「陰陽道(陰陽五行說)」が庖丁式の中に表れています。例えば儀式に使われるまな板の四隅は右上から右回りに「朝拝」「四徳」「五行」「宴酔」と称し、中央部を「式」と称します。これを、「俎之名所」と言います。
「いただきます」に秘められた思い
古くから日本では宇宙に存在するすべての事物(森羅万象)には神が宿っていると信じられてきました。天地の恵みによって命が生まれ、人間も食材の命を受け継いで生きています。
命を殺生する庖丁やまな板、箸にまで命が宿っていると考え、人間が生きていくために犠牲となった命への感謝を表したのが庖丁式の持つ意味の一つです。
「いただきます」は「命をいただく」という意味合いで、食材の命に感謝と敬意を表した言葉です。
高家神社のある千倉地域を盛り上げたい!
高家神社の庖丁式では、地域の活性化を図る千倉地域づくり協議会「きずな」の後押しの元、地域の産品が販売されています。
「飯上生姜」「飯上ひじき」はおかか(鰹節)の香りがよく、ほど良い辛みが癖になるふりかけ。「きずな」の高家学ぼう会部会が認定した「高家ふるさと産品推奨品」にも登録されています。
アジフライバーガーのアジは、千葉県産を使用しています。
2月中旬から2月下旬頃まで高家神社がライトアップされ、普段とは異なる世界観を味わえます。竹灯篭の温かい灯りに癒されるはず。
まとめ
1,000年以上の歴史がある高家神社の庖丁式。
現代は食べ物のために生き物が殺生される場面を見る機会が少なくなりつつあります。庖丁式は、私たちが生きるために殺生される生き物に思いを馳せる機会となるかもしれません。
【高家神社】
住所:千葉県南房総市千倉町南朝夷164
電話番号:0470-44-5625
文:吉田櫻子