南房総 旅の玉手箱

第2回 クジラはイルカ?


「でっけぇ!」と子どもたち
 イルカの体長5メートル以上になる種類のものをクジラと呼ぶ。ここ安房地方では、江戸時代から勝山の醍醐新兵衛が組織した鯨組によって槌鯨(つちくじら)の捕鯨が行われていた。槌鯨は口先から頭部が大槌の形をしており、有歯鯨である。体長は10メートル程で、歯のないひげ鯨(せみ、ながす、ざとう等)よりは小さいが、「鯨一頭七浦賑わう」の言葉どおり房州の重要な産物であった。

 1963年以降、調査以外の捕鯨は全面禁止になったが、外房・和田町の沿岸小型捕鯨は、IWC(国際捕鯨委員会)の規制対象外で、毎年7、8月の2ヶ月、槌鯨26頭の捕獲が許可されている。和田沿岸の20キロ沖からキャッチャーボートで引いてきた鯨が解体場に上がると、鯨肉を買いに近隣の人がバケツを持って行列をつくる。30センチ厚に脂肪の付いた鯨の皮を巻揚機でつまみ上げ、10数人の包丁さんと呼ばれる解体技術者が、大ナギナタを皮と身の間に入れる。真夏のことで、手早く、歩留りよく解体するには、長年の技が必要だ。あつい、あぶない、あぶらまみれ、の3A労働で後継者が少ない。

 南房総の国道128号線沿いを、和田、千倉、白浜へと向かえば、「くじらのたれ」と書いた看板が目につく。鯨肉をタレに漬けて干したもので、サッと湯がいて、手で裂き、火にあぶる。マヨネーズをちょっと付けて口に放りこむ。ワインなどのツマミに最適である。かつては、棒手振(ぼてふり)と呼ばれる行商人が鯨肉を売り歩いた。房州の主な食べ方は、生姜などを入れた時雨煮風で、家々の「ばあちゃんの味」を出していた。地元の人が行くおいしい鯨料理の店といえば、和田町の「ピーマン」である。女主人は、解体の鯨を一目見れば、肉の良否がわかるという。

 和田の「つ印」で知られた外房捕鯨(株)の社長、庄司義則氏は、「古代生物は海から陸へ上がり進化したが、鯨はもう一度海へ戻った不思議な生物」という。
 外房捕鯨(株)では、「初漁祭」と題して、町内の小学生に解体見学と鯨カツの朝食サービスを恒例の行事としている。
 海の王者・鯨の肉は、かつての房州人の活力源であった。


後継者のいない包丁さん(解体技術者)

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