南房総 旅の玉手箱

第3回 今宮様


今宮様の供養塔
  小野次郎右衛門忠明は、徳川2代将軍秀忠の剣術指南役であった。この天才剣術家こそ、南房総市丸山町 御子神みこがみ(昔は安房国朝夷郡あさいごうり御子神村)から出た御子神典膳てんぜんである。母方の姓を名のり、将軍秀忠の忠の字をもらい、小野派一刀流の開祖となる。将軍家御指南役といえば、柳生やぎゅう、小野の2家で、柳生但馬守たじまのかみが御子神典膳を家康に推挙したと伝えられることからも、相当な使い手にちがいない。

村に18才の頃の典膳の話が残り伝えられている。ある時旅の武芸者が御子神村に立ち寄ったという。腕自慢の典膳は早速野試合を申し入れた。ところが立ち合ってみると、この武芸者にコテンパンに打ち込まれてしまった。天狗の鼻をへし折られた典膳は腹がおさまらない。翌朝、武芸者が出達のときに、つないであった牛の綱をわざと解き放ち「牛が逃げたぞ」と大声で叫んだ。「どうれ!」と外に飛び出した武芸者のスキを見て典膳がふい打ちに斬り殺ろしたというのである。武芸者の名は「今宮」とだけ伝わっている。たおれたと伝えられている当たりに小さな五輪塔があり「今宮様」の墓として村人たちはおそれている。

南房総の410号線は、丸山町の丸山川沿いを鴨川市へ向かって走っている。安房中央ダムの下、川谷トンネルの手前左手が御子神である。木製の長い階段の上に「小野次郎右衛門忠明生誕の地」を記念した公園があり、大きな やいばのモニュメントが空を突き刺している。「典膳」という名の料亭への道を入ると山あいに数軒集落がある。いかにも剣豪の里と呼ぶにふさわしいたたずまいである。不思議なことに、この村は約100年周期で大火事にみまわれたという。近くは昭和5年に8戸29棟が全焼した。だれ言うともなく「今宮様のたたり」と恐れている。

典膳の生家と伝誦されている家の岩浪仁さん(84才)に「やはり剣の方は達者ですか?」と訊くと「兵隊の時に銃剣をやらされましたが、いやいやでしたよ」とのこと。

「小野次郎右衛門忠明生誕の地」記念公園


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