南房総 旅の玉手箱

第17回 古式穴窯あなかま


古式陶工・杉山春信氏

 縄文、弥生の土器は、野焼きでつくる。5世紀半ばに朝鮮から穴窯式が渡来し、灰色の高質土器・須恵器すえきが焼かれた。室町時代には、大量生産が可能な登り窯が登場する。登り窯は丘などの斜面に数室の房を階段状に築き、第一室の余熱を利用するという効率のよいもの。穴窯は斜面を掘って天井を付けるだけの素朴なもので、自然ゆうと呼び、焼物に釉薬ゆうやく(うわぐすり)を塗らない。10日間、雑木をべた穴窯の中は火の粉が乱舞する。焼物の肌は、付着した灰などで変化する。炎のころもをまとった焼締やきしめ陶器は、ひとつとして同じものはない。

 鴨川市金束こづかの杉山春信氏(53才)は、土工から陶工になった人である。18才、山形県から鎌倉に渡り、埋蔵文化財の調査に加わった、というよりは、アルバイトのために発掘人夫として働いたのである。鎌倉はまち全体に遺構、遺物が眠っている。中世、文化の中心地であった鎌倉には、中国や日本全国から、武士のステイタスとしての焼物が集まっていた。杉山さんは、その欠片かけらを掘り出しているうちに、古い陶器の美しさに強く心を引かれたという。「どうしたら、こんな焼物が焼けるのか!」。
 杉山さんは、文化財調査の仕事で大学教授の右腕にまでなっていった。鎌倉で陶芸を修行しながら、古い資料を調べるうちに、平安時代の穴窯・猿投窯さなげよう の発掘資料にたどりつく。杉山氏30才、南総里山の一角に、猿投窯3分の1のひながたを復元、「笹谷窯」を開いたのである。現在穴窯は2基、年にそれぞれ一回づつしか焼かない、というよりは焼けない。軽トラック12杯程の雑木を集め、玉切りし、土を練り、ロクロを回す。そして子育てに米づくり、陶芸教室などなど。16才年下の奥さん奈津子さんは、文化財調査の折の教え子、いま2才、5才、9才の男の子の子育てに奮闘中。

 「自然体で創る普段使いの焼締陶器を末長く愛用してもらいたい。割れれば、修理金継ぎもします」と杉山さん。“いつ、すたれても、おかしくない”といわれる古式穴窯は、南総でも杉山春信氏一人である。




平安の穴窯を再現

ひとつとして同じものがない

鴨川・大山千枚田の近く


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